【完全解説】丸尾末広「現代の“エログロ”を代表する怪奇幻想漫画家」【耽美】

丸尾末広 / Suehiro Maruo

現代の“エログロ”表現を代表する漫画家

丸尾末広「少女椿」
丸尾末広「少女椿」

概要


生年月日 1956年1月28日
国籍 日本
活動媒体 漫画、イラストレーション
ムーブメント ガロ系、エログロ、パンク
公式サイト http://www.maruojigoku.com

丸尾末広(1956年1月28日-長崎生まれ)は日本の漫画家、イラストレーター。

 

江戸川乱歩や夢野久作、エドガー・アラン・ポー、ルイス・ブニュエル、トッド・ブラウニング、マックス・エルンストサルバドール・ダリなど古今東西の怪奇幻想的芸術家たちのビジュアルイメージを合成し、それらを高畠華宵を代表とするレトロで耽美的な画風で独自の世界観を描きだすことで知られる。

 

丸尾の絵の大半は、セックス&バイオレンス表現であり、日本においては「エログロ:ero-guro」というカテゴリに分類され、また「現代無惨絵」と形容されることがある。丸尾自身も無惨絵を自認しており、1988年には作家仲間の花輪和一とともに、月岡芳年と落合芳幾の『英名二十八衆句』のオマージュ作品として『江戸昭和競作 無惨絵―英名二十八衆句』を刊行している。

 

代表作は『少女椿』1984年)で、主人公みどりちゃんは現在、丸尾末広の代表的キャラクターとして広く認知されている。『少女椿』は1992年に原田浩により『地下幻燈劇画・少女椿』という題でアニメーション映画化され、2016年にはTORICO監督によって実写映画化・全国公開もされた。

 

デビュー時から1990年ごろまで、マンガ雑誌『ガロ』やアダルト雑誌をおもな活動拠点としていたが、1990年代なかばから一般誌にも執筆するようになる。2009年には、江戸川乱歩原作『パノラマ島奇譚』が手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、注目を集める。以後、夢野久作など古典巨匠の原作とした作品が増えている。

 

2016年現在は『月刊コミックビーム」誌上で『トミノの地獄』を長期連載している。本作は短編を中心に描いてきた丸尾にとって、初の巻数表記が付く単行本となる。

作品解説


リボンの騎士
リボンの騎士
少女椿
少女椿
カリガリ博士復活
カリガリ博士復活
薔薇色ノ怪物
薔薇色ノ怪物

芋虫
芋虫
パノラマ島奇譚
パノラマ島奇譚
瓶詰の地獄
瓶詰の地獄

丸尾末広インタビュー(ガロ 1993年5月号より)


丸尾末広と音楽


丸尾末広はロックバンドのレコードジャケットやCDジャケットも多数てがけている。このページでは丸尾末広の音楽関連の仕事を記録していく。

略歴


長崎から上京


丸尾末広は、1956年1月28日、長崎の貧しい家庭で7人兄弟の末っ子として生まれた。両親とは喧嘩を一度もしたことがなかったものの、家族とのコミュニケーションは極めて疎遠。「自分が生まれてから父親が死ぬまでに、全部合わせても五分くらいしか喋ったことない」という。母親に対しても父親同様、疎遠だったという。

 

少年時代に『少年キング』『少年マガジン』等に熱中して、漫画家を志すようになる。1972年に3月に中学校を卒業後、高校には進学せず15歳で東京へ上京。漫画家になること以上に、とにかく家にこれ以上いたくなかったというのが大きな理由だという。

 

上京後、凸版製本の勤務と同時に板橋にアパートを借りる。四畳半で五千円のボロアパートだった。その後さまざまな職を30ほど体験しながら、独学で漫画を描く。

 

17歳で『週刊少年ジャンプ』に持ち込むが、自分の作風は少年誌に不向きであると知り一時漫画から離れる。

 

19歳のときにスリに手を染め始め、20歳頃に地元のレコードショップでピンク・フロイドやサンタナのレコードを盗もうとして捕まり留置所に入れられる。

 

10代の頃の終わり、チャップリンの映画に影響を受ける。それをきっかけに1930年代の世界観に関心をもちはじめ、高畠華宵や伊藤彦造など同時代の挿絵画家に影響を受ける。これが、現在まで続くレトロな丸尾タッチの原点の1つとなっている。

アダルト雑誌や『ガロ』で執筆を始める


1980年、24歳のときに『エロス'81 劇画悦楽号2月号増刊』(サン出版刊)にて、「リボンの騎士」(『薔薇色ノ怪物』収録)で漫画家としてデビューする。

 

その後、久保書店『漫画ドッキリ号』、辰巳出版『漫画ピラニア』、蒼竜社『漫画カルメン』など三流アダルト雑誌を中心に執筆活動。若手漫画家が表現上の厳しい成約を受けることなく自身の表現を発表できたのは、三流雑誌だったという。

 

2年後の1982年には、初の単行本『薔薇色ノ怪物』(青林堂刊)を上梓。以後小説の挿絵などを描くかたわら、『ガロ』をメインに作品を発表するようになる。

 

1984年には代表作となる『少女椿』(青林堂刊)を上梓。浪花清雲作の街頭紙芝居「少女椿」に丸尾が独自に脚色を加えた作品で、昭和レトロ、少女、SM、怪奇幻想、耽美、残酷、エログロ、パロディ、シュルレアリスム、ユーモアなど、丸尾末広のテイストがふんだんに詰め込まれている。両親と生き別れ、見せ物小屋に売られて苦難を背負う主人公の少女「みどり」は以後、丸尾末広の代表的なキャラクターとなった。

 

夢野久作・小栗虫太郎・江戸川乱歩等の影響を匂わすその作風や緻密で耽美な画風は、瞬く間に人気を博し、その後漫画、挿画、イラストレーションなどを次々と発表するようになる。丸尾末広がアンダーグラウンド漫画家として、広く認知されてきたのもこの頃である。

 

なお、『少女椿』はアニメーションも作られている。内容はマンガ版に色付けして声を当てた程度のものだが原作に忠実だった。

丸尾末広「リボンの騎士」
丸尾末広「リボンの騎士」
丸尾末広「少女椿」
丸尾末広「少女椿」

サブカル・アングラムーブメントにのる


丸尾がさらに知名度を高めるきっかけになったのは、80年代から始まったパンクブームやサブカルチャーブーム。

 

1983年、遠藤ミチロウ氏率いるザ・スターリンのアルバム「虫」のジャケットを手がけたのをきっかけに、1983年にAUTO-MODの「REQUIEM」、1989年に筋肉少女帯の「元祖高木ブー伝説」のジャケットを手がける。

 

1985~6年には、劇団「東京グランギニョル」の上演作品『ライチ光クラブ』で俳優、及びポスター画を担当し注目を浴びる。初舞台では自身も役者として舞台に立ち、嶋田久作と共演している。丸尾は天井桟敷や状況活劇などのアングラ演劇に通っていて、そこで当時、状況活劇に参加していた飴屋法水と知り合ったという。なおこの頃に遠藤ミチロウとも知り合う。

ザ・スターリン「虫」
ザ・スターリン「虫」
東京グランギニョール旗揚げの「マーキュロ」。
東京グランギニョール旗揚げの「マーキュロ」。
筋肉少女帯「元祖・高木ブー伝説」
筋肉少女帯「元祖・高木ブー伝説」

マイナー誌からメジャー誌への移行


1990年代なかばから、発表場所を『ガロ』や三流ポルノ雑誌から少年誌などほかの一般的な媒体へと徐々に移行しはじめる。

 

1993年、同誌に発表した中編作品「無抵抗都市」は完成度の高いストーリーで、その後の作品へのステップアップになった。90年代で注目すべき事柄として、『ヤング・チャンピオン』にて「犬神博士」「ギチギチくん」を発表。共に同版元から単行本を上梓し、執筆の舞台を広げた。

 

その後一時沈黙を保つも、2007年『コミック・ビーム』7月号より(エンターブレイン)にて江戸川乱歩原作「パノラマ島奇譚」の連載を開始。2009年には、「パノラマ島奇譚」が手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、注目を集める。乱歩作品は丸尾自身も昔から描きたかったものだったという。

 

現在は『月刊コミックビーム」にて「トミノの地獄」を長期連載中。本作は短編を中心に描いてきた丸尾にとって、初の巻数表記が付く単行本となる。

丸尾末広「犬神博士」
原作・江戸川乱歩 漫画・丸尾末広『パノラマ島奇譚』
原作・江戸川乱歩 漫画・丸尾末広『パノラマ島奇譚』
丸尾末広『トミノの地獄』
丸尾末広『トミノの地獄』

略年譜


■1956年

・1月28日、長崎の貧しい家庭で7人兄弟の末っ子として生まれる。

 

■1972年

・中学校を卒業後、高校には進学せず15歳で東京へ上京。

・凸版製本の勤務と寮に入る。その後、板橋のアパートを借りる。

 

■1973年

・『少年ジャンプ』に持ち込みをするが、少年誌に不向きであることを知る。

 

■1975年

・スリに手を染め始める

 

■1976年

・スリで捕まる。

 

■1980年

・『エロス'81 劇画悦楽号2月号増刊』(サン出版刊)にて「リボンの騎士」でデビュー。

 

■1982年

・初の単行本『薔薇色ノ怪物』(青林堂)を刊行。

・『夢のQ-SAKU』(青林堂)を刊行。

 

■1983年

・『DDT』(青林堂)を刊行。

・THE STALIN 『虫』のレコードジャケットを手がける。遠藤ミチロウとは以後、交流を深めるようになる。

・AUTO-MOD『REQUIEM』のレコードジャケットを手がける。

 

■1984年

・「少女椿」(青林堂)を刊行。主人公のみどりちゃんは以後、現在にいたるまで丸尾のシンボル的なキャラクターとなる。

 

■1985年

・『キンランドンス』(青林堂)を刊行。

・劇団「東京グランギニョル」の上演作品『ライチ光クラブ』で俳優及びポスター画を担当

・遠藤ミチロウ『オデッセイ・1985・SEX』のレコードジャケットをてがける。

 

■1986年

・『パラノイア・スター』(河出書房新社)を刊行。

 

■1988年

・『丸尾地獄』(青林堂)を刊行。

・『江戸昭和競作 無惨絵 英名二十八衆句』(リブロボート)を刊行。

・恐悪狂人団 『NO!~有為転変を乗り越えて不壊不動の境地に至れ!』のレコードジャケットを手がける。

 

■1989年

・『国立少年(ナショナルキッド)』(青林堂)を刊行。

・筋肉少女帯 『元祖高木ブー伝説』のレコードジャケットを手がける。

 

■1990年

・John Zorn『Naked City』のCDジャケットを手がける。

 

■1992年

・アニメ映画『地下幻燈劇画 少女椿』上映。

 

■1994年

・『犬神博士』(秋田書店)を刊行。

 

■1995年

・『風の魔天郎』(徳間書店)を刊行。

 

■1996年

・『ギチギチくん』(秋田書店)を刊行。

・『丸尾画報Ⅰ』(トレヴィル)を刊行。

・『丸尾画報Ⅱ』(トレヴィル)を刊行。

 

■1997年

・『月的愛人 ルナティックラヴァーズ』(青林堂)を刊行。

 

■1999年

・『新ナショナルキッド』(青林工藝舎)を刊行。

 

■2000年

・『笑う吸血鬼』(秋田書店)を刊行。

・『新世紀SM画報』(朝日ソノラマ)を刊行。

・BALZAC『全能ナル無数ノ眼ハ死ヲ指サス』のCDジャケットを手がける。

 

■2001年

・assfort『FREE PUNK CUSTOMIZE KIT』のCDジャケットを手がける。

 

■2002年

・MERRY 『個性派ブレンド~黄昏編~』のCDジャケットを手がける。

・MERRY 『個性派ブレンド~純情・情熱編~』のCDジャケットを手がける。

 

■2004年

・『ハライソ 笑う吸血鬼2』を刊行。

 

■2005年

・『丸尾画報EX Ⅰ』(河出書房新社)を刊行。

・『丸尾画報EX Ⅱ』(河出書房新社)を刊行。

 

■2008年

・MERRY『個性派ブレンド クラシック~OLDIES TRACKS~』のCDジャケットを手がける。

 

■2009年

・『芋虫』(エンターブレイン)を刊行。

・江戸川乱歩原作『パノラマ島奇譚』が手塚治虫文化賞新生賞を受賞。

 

■2010年

・『乱歩パノラマ 丸尾末広画集』(エンターブレイン)を刊行。

 

■2012年

・『瓶詰の地獄』(エンターブレイン)を刊行。

・R指定 『日本沈没』のCDジャケットを手がける。

・劇団「廻天百眼」公演「少女椿」の原作・宣伝美術を担当。

 

■2014年

・『トミノの地獄』を刊行。