【見世物】ダルマ男「手を足のように使い曲芸をする両足のない男」

ダルマ男/ Daruma man

手を足のように使い曲芸をする両足のない男


ダルマ男の芸『蒹葭堂雑録』
ダルマ男の芸『蒹葭堂雑録』

概要


ダルマ男は宝暦九年(1765年)の夏から大阪の坐摩社内で興行しはじめた見世物芸人。四国出身で、本名を駒吉という。膝から下の両足がないため「ダルマ男」と名づけられた。足がないにもかからず、さまざまな曲芸をたくみに演じたので、町中の人気を一身に集めた。

 

当時駒吉が演じた曲名は、雨中の曲、担桶の曲、吹貫の曲、坂上の鯱立の曲、高欄猿伝えひの曲、屏風伝え枕の曲などだった。

 

雨中の曲では、駒吉は逆立ちして帯に開いた状態の傘をさし、手に下駄をつけて歩いてみせた。担桶の曲も雨中の曲とおなじように逆立ちをするが、帯に傘の代わりに水がいっぱい桶をかけたてんびん棒をさして歩く点が異なる。

 

吹貫の曲では、舞台に立てかけた丸太をよじのぼり、てっぺん近くで両手を丸太にかけたまま身体を吹貫の形にしてみせた。現代のポールダンスのようなものである。また、鯱立の曲では、長さ二尺あまりのしめ板を立て、その上を両手でつかみ、逆立ちをしてみせた。

 

高欄猿伝えひの曲では、両手に木枕を持ちながらさ逆立ちしたまま、六曲屏風の上をつたう離れ技を見せた。

 

見世物ではこれまで缶児による足芸がよくみられたが、ダルマ男の手を足のように使う芸は物珍しく、毎日多くの観客が観場に押し寄せた。大阪で人気を集めたあと、ダルマ男は東海道を巡業して江戸へ移り、明和六年(1769年)の春から両国の観場に出演したが、ここでも連日満員だったという。

■参考文献

・『見世物研究』朝倉無声

 

■画像引用

見世物興行年表

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