【解説・まとめ】2019−2020年香港抗議デモアート

2019−2020年香港抗議デモアート / Art of the 2019–20 Hong Kong protests

香港抗議デモを宣伝するための戦略的芸術


10月4日の抗議デモで現れた香港民主女神像。
10月4日の抗議デモで現れた香港民主女神像。

概要


2019−2020年香港抗議デモ芸術は、2019-2020年香港抗議デモで活動家や芸術家たちが使った作品、絵画、音楽、そのほかさまざまな芸術表現のことを指す。2019年から現在にいたる香港で発生した抗議デモとその内容をより多くの人に知ってもらうための戦術的芸術

 

ストリート・アートと同じく政治的メッセージが強く伴うが、個人を主張するような傾向は見られず、代表的な芸術家は存在しない。

 

今回の香港における抗議デモ自体が、以前の運動と比較して「リーザー不在の運動」としての特徴が強く、そのためスローガンやシンボルの多くは、匿名で自発的につくられ拡散されたものである。

 

また、ストリートだけでなくネット上で作られたあとにストリートへ拡散しているという新しい面もある。運動の各段階に、さまざな絵描きたちにより印象的な場面やフレーズをイラスト化したイメージが作成され、SNSや掲示板、そしてレノン・ウォールに転載された。

 

このような抗議芸術を制作した芸術家は共通で「宣伝グループ(中国語:文宣組)」と呼ばれ、ほとんどのメンバーは匿名で活動している。

 

抗議デモ芸術で描かれるモチーフの特徴は権力側がよく使う言葉をパロディ化したものが多いことである。たとえば、「自由閪(Freedom Hi)」は、女性性器を意味する碑語「閪」に、ポジティブな「自由」を組合せた造語で、デモ隊が「自由閪でけっこうだ」と肯定的な意味で使っている。

共通テーマ


香港デモ抗議者たちは、意識を高め、連帯性を強めるためさまざまなスローガンを作った。これらスローガンはデモ行進中や「ミリオン・スクリーム」キャンペーンの一環として午後10時にアパートのベランダなどから一斉に詠唱される。スローガンは基本的に香港政府への不満を表明し、士気を高め、または運動の主要な原則を反復して詠唱される。

 

・香港加油

「頑張ろう、香港」。当初、デモ抗議者がお互いに励まし合い、力と支援を得るための叫びだったが、このスローガンはマスク禁止法の実施にともない「香港人、抵抗」変化した。さらに抗議がエスカレートして周梓樂の死亡事件が起きると、「香港人、復讐」に変化した。

 

・五大訴求缺一不可

「5大要求、1つも譲らず」。デモ抗議者の5つの核となる要求を反復詠唱し、また、すべてが政府が承認するまで止めることはないという彼らの決意を断言するスローガン。このスローガンはデモ講義中に頻繁に使用されているが、特にキャリー・ラム行政長官が逃亡犯条例改正案を撤回した後によく

叫ぶようになった。

 

・光復香港 時代革命

「香港を取り戻せ、時代に革命を」。最初は2016年に立法評議会補欠選挙で政治組織「本土民主前線」の梁天琦の出馬の際に使われたものだが、2019−2020抗議デモが大きくなるにつれて、デモ抗議者たちの間でも使われるようになった。この、スローガンに関してラム行政長官は一連の独立派たちの暴動と批判したが、香港中文大学の政治学者である馬嶽は、スローガンに対する解釈の余地が多いが、人気が出たおもな理由は、香港政府が権力における道徳的基盤を失ったと人々が感じるようになっためだたと主張した。選挙管理官は、立候補資格を検証する前に、地区評議会選挙に立候補する候補者たちにスローガンの意味を訪ねている。

 

・齊上齊落

「ともに昇り降りしよう」。複数の自殺事件のあと、デモ抗議者たちはこの集会の叫び唱え、人々の精神意識を高め、団結を表明した。

 

・Fight for freedom, stand with Hong Kong

「自由のために闘うこと。香港の味方になること」。このスローガンは現在進行中の抗議デモを応援するため、国際社会、特にアメリカで使われはじめた。ダリル・モリーがこの言葉を含むツイートをすると、中国はNBAの全放送を一時中断した。

・沒有暴徒 只有暴政

「暴徒はいない、専制政治があるだけだ」。6月12日の抗議デモが警察から暴動と見なされると、デモ抗議者たちは政府に対して撤回するよう要求した。

2019年8月、香港国際空港で「光復香港 時代革命」の旗を振りかざす抗議デモ者。
2019年8月、香港国際空港で「光復香港 時代革命」の旗を振りかざす抗議デモ者。
2019年10月、尖沙咀の抗議デモで「五大訴求缺一不可」の幕を掲げ更新する抗議デモ者。
2019年10月、尖沙咀の抗議デモで「五大訴求缺一不可」の幕を掲げ更新する抗議デモ者。

デモ抗議者たちはよく歴史的な事象やポップカルチャーからインスピレーションを得た表現をしている。

 

たとばアメリカ独立革命を支持したパトリック・ヘンリーの演説「自由をもたらすか、あるいは死か」や、スザンヌ・コリンズの小説『モッキンジェイ』から「もし私達が燃やされれば、その火はあなた達にも降りかかるのよ!」という台詞を引用することがある。

 

このフレーズは、立法評議会施設を襲撃した際に描かれたグラフィティの1つとして使われた。アナリストたちは、雨傘運動と比較するとより絶望的なトーンを反映したものを分析した。

 

デモ抗議者たちは香港警察を「犬」「三合会」「ポポ」「黒警察」と呼んだ。警察たちはデモ抗議者たちを「ゴキブリ」と呼んだ。また、警察を罵る多数のグラフィティが描かれた。

抗議芸術


デモ抗議者たちは間近の抗議や集会を宣伝するために、さまざまな抗議ポスターを制作している。ときには、彼らは警察や政府を攻撃する役割を果たすが、最近の出来事を風刺する軽いユーモア性のある作品で息抜きもしている。

 

アートはデモ抗議者たちの団結を示し、仲間の活動家たちを励まし、意識を高めるために制作されている。これは、市民が過激な抗議活動に参加せずに自分の意見を表明する平和的方法と考えられていた。

 

アーティストの多くは、リーザー不在という抗議デモの性質に沿い、匿名もしくは仮名を使っている。抗議デモ芸術のデザインのアイデアは、LIHKG掲示板を使用して不特定多数の人から寄せられ、広く配布するのに最も適したポスターの投票が行われた。

 

デモ抗議者は基本的に日本のアニメ的なスタイルを採用している。インスピレーションはさまざまなポップカルチャーメディアから得ている

 

香港パブテスト大学の学生組合会長が警察から「レーザー銃」と呼ばれるレーザーポインタを所持している疑いで逮捕されたとき、デモ抗議者たちはさまざまなスター・ウォーズを主題にしたものやライトセーバーなどの要素を組み込んだポスターシリーズを制作した。

 

政治家のダン・バレットは、デモ抗議者たちは半権威主義や異端的なデザインを好むと述べている。勝ち目がほとんどないにも関わらず全体主義体制とその支配者を打ち破るヒーロやヒロインは、特に抵抗運動の最前線で若い世代の香港人の間のモチベーションになっているという。

 

多くの抗議芸術やデザインは、ハリウッド映画ポスターやアルバムカバーと似ている。抗議者のなかには何人か注目すべき人々が見られる。たとえば、黄色のレインコートを着た男(マルコ・レオン似)、目が出血している女性(8月11日に警官隊の発射したビーンバッグ弾で目を撃たれ失明した女性抗議者)、9月15日のノースポイント紛争で逮捕された抗議者の1人であるチャン・イーチュンらは、抗議芸術でよく描かれたキャラクターだ。

 

伝統的な中国文化の要素も抗議芸術のデザインに組み込まれていた。中元行事の伝統に基づき、主要な政府関係者の顔が刻印されたヘル・マネーや冥銭が制作され燃やされた。伝統的な中国暦のデザインを模倣した抗議ポスターも作られた。

 

香港の文脈にあわせた歴史的美術作品のリメイク版が多数作られている。たとえば、ウジェーヌ・ドラクロワのフランス革命を描いた『民衆を導く自由の女神』はデモ抗議者の服装をした人々にリメイクされた。

 

ミケランジェロの『アダムの創造』が、学校の外で「人の鎖」に参加している中学生を描いたものにリメイクされた作品が作られた。また、ジャーナリストが撮影した歴史的写真もアートワークに書き換えられた。ほかに、戦時中の兵隊募集ポスターからもインスピレーションを受けたリメイク作品もある。

黄色のレインコートを着た男。
黄色のレインコートを着た男。
8月11日に警官隊の発射したビーンバッグ弾で目を撃たれ失明した女性抗議者を表す芸術。
8月11日に警官隊の発射したビーンバッグ弾で目を撃たれ失明した女性抗議者を表す芸術。
キャリー・ラムと習近平のカリカチュア。ベルリンの壁に描かれたグラフィティ『神よ、この死に至る愛の中で我を生き延びさせ給え』とよく似ている。
キャリー・ラムと習近平のカリカチュア。ベルリンの壁に描かれたグラフィティ『神よ、この死に至る愛の中で我を生き延びさせ給え』とよく似ている。
バルーンモデリングを使って制作された抗議メッセージ。
バルーンモデリングを使って制作された抗議メッセージ。

レノン・ウォール香港


チェコ共和国プラハのレノン・ウォールに触発され、「レノン・ウォール香港」のバナーが階段の外壁に設置され、海軍本部の占領地域のランドマークの1つとなった。最初のレノン・ウォールが再び香港中央政府庁舎の階段の前に設置された。

 

6月から7月にかけて、レノン・ウォールズは、自由と民主主義のためのメッセージが書かれたポスト・イットのカラフルな付箋で覆われ、香港全土で「遍地開花」(至る所での開花)のように現れた。

 

一般的に地下道や歩道橋の壁に作られるが、親中的な店頭(吉野家など)やRTHKや政府改革調整局など政府機関の壁に作られることもあった。

 

また、レノン・ウォールはデモ抗議者たちが抗議ポスター、派生作品、イラストなどの抗議芸術を描いて運動意識を広める場所でもある。特に香港警察によるデモ隊への残虐行為の写真は事件の真相を宣伝するため強調して貼り付けられた。また、ポスト・イットを使って中国のキャラクターや図表を作成した。

 

政府の主要支持者や政府関係者の何百もの肖像画が歩道橋や地下道の地面で塗りつぶされ、人々が怒りを発散する方法として描かれた肖像画を踏みつけて歩いた。

 

レノンウォールの中には、靴で紙をバンバン叩く打小人とよく似た方法で肖像画をスリッパで叩きつけることができた。また、レノンウォール近くのエリアが美術展の会場となり、壁、地面、天井に抗議芸術が貼り付けられた。

 

レノン・ウォールは、民主主義支持者と北京支持者の間で対立を引き起こした。北京支持者の中には壁からメッセージを引きはがそうとし、物理的に民主化支持運動家と衝突が起きた。

 

香港警察はタイポーの壁に貼り付けられていた警官の個人情報を除去した。しかし、デモ抗議者たちは撤去するごとにさらに数百のレノン・ウォールを設置すると宣言した。ウォールが簡単に取り壊されないように、デモ抗議者たちは透明プラスチックシートでウォールを覆ることもあった。デモ行進中、抗議者の中には、自身の衣服にポスト・イットを貼り付けて「レノン・マン」になったものもいた。

 

香港のクラウドソーシングマップによれば、150を超えるレノン・ウォールが確認されている。レノン・ウォールは、トロント、バンクーバー、東京、ベルリン、ロンドン、メルボルン、マンチェスター、シドニー、台北、オークランドにもある。香港民主主義運動に対する連帯メッセージは、プラハのオリジナルレノン・ウォールにも貼り付けられた。

大埔墟駅近くのレノンウォール。大埔墟には、香港で最大規模の「レノンウォール」がある。
大埔墟駅近くのレノンウォール。大埔墟には、香港で最大規模の「レノンウォール」がある。
調景嶺のレノン・ウォールに貼り付けられたさまざまな抗議芸術。
調景嶺のレノン・ウォールに貼り付けられたさまざまな抗議芸術。
親中国政府の立場を取る吉野家の外壁に貼り付けられたレノン・ウォール。
親中国政府の立場を取る吉野家の外壁に貼り付けられたレノン・ウォール。
身体に香港抗議デモに関するメッセージが書かれたポストイットを貼り付けるレノン・マン。
身体に香港抗議デモに関するメッセージが書かれたポストイットを貼り付けるレノン・マン。

抗議デモのマスコットとシンボル


LIHKG豚LIHKG犬(柴犬)は、抗議デモの非公式のマスコットになった。当初、犬年と豚(猪)年の始まりを祝うために作られた絵文字だったが、急速に2ちゃんねるによく似た香港の匿名掲示板で、デモ抗議者たちのための重要なコミュニケーション場である「LIHKG」で人気が出た。

 

カエルのペペのインターネット・ミームは自由と抵抗の象徴として広く使用されており、国際的なメディアの注目を集めている。デモ抗議者はさまざまなぺぺのWhatsAppスティッカーを作成した。

 

ぺぺはもともとアメリカにおいて極右のイデオロギーと関連したもので「憎しみの象徴」と見なされていたが、香港では表現力豊かな「悲しい/独り言/おかしい/怒り/辞任したカエル」などの解釈がある。

 

また、デモ抗議者たちは香港民主女神像と名付けられた高さ4メートルの民主化像を蔵戸ファンディングで制作した。LIHKGでデザインが考案された。警察と戦う勇武の衣装が原型で、黄色のヘルメットをかぶり、アイマスクとガスマスクを身に着け、右手には傘を、左手には「光復香港 時代革命」の旗を手にしている。

 

2019年8月に完成し、像はライオンロックの頂上に移動させる前にさまざまな場所で一般展示された。しかし、山頂設置の翌日にオリジナルの像は破壊され、除去された。

レノン・ウォールに描かれたLIHKG豚。
レノン・ウォールに描かれたLIHKG豚。
LIHKG犬。
LIHKG犬。
「「自由か、または死か」の引用とともに描かれたカエルのペペのグラフィティ。
「「自由か、または死か」の引用とともに描かれたカエルのペペのグラフィティ。

2019香港抗議デモの旗


黒バウヒニアの旗は、2019年香港抗議デモでによく見られる黒い香港の旗である。デザインはオリジナルの赤い旗を基盤にしているが、黒い背景と一部修正されたバウヒニアの花で構成されている。

 

おもに3タイプ存在あり、単純に赤色だった背景を黒色にした基本的なデザインのもの。花びらにあった中華人民共和国の象徴である星は取り除かれている。この黒色の旗を変形で中央に描かれた花が枯れているデザインのものがあり、さらに、枯れかけている旗の変形で花びらが血に染まり、旗のサイズが正方形に縮小されたものがある。

賛美歌


1974年のキリスト教の賛美歌「主を賛美しよう」は、多くのデモ活動の場のいたるところで歌われていたように、2019年香港民主化デモの非公式の聖歌になった。

 

6月11日、キリスト教のグループが、中央政府複合施設で4行詩のシンプルなメロディを歌いはじめた。6月12日の朝、牧師に率いられたキリスト教徒は群衆と警察の間に立ちはだかり、暴力を制止し、香港のために賛美歌を歌い、祈った。

 

香港の公共秩序条例では、宗教の集会は条例において許されているため、警察は手を出しづらくなっている。歌は一晩中10時間以上繰り返し歌われ、イベントの様子は撮影されすぐにオンラインで拡散された。

 

中国の地下教会を支援している多くの香港の地方省庁が抗議行動を支持した。ほとんどの香港の教会は政治的関与を敬遠する傾向があるが、中国本土には宗教の自由に関する法律がないため、多くの人が逃亡犯条例がキリスト教徒に及ぼす影響を心配している。

手芸とマスク


デモ抗議者たちはまた「自由鳥」と名付けられた鶴の折り紙を作りはじめた。これは平和と希望の象徴されている。

 

中秋節の期間中、市民はデモ抗議者たちを励ますメッセージが書かれたランタンを作った。

 

政府が緊急規制条例としてマスク禁止法を実施したあと、デモ抗議者たちは法案に反対し、集会やデモでマスクの着用を続けた。一般亭なマスクに加え、デモ抗議者たちはキャリー・ラムや習近平、カエルのぺぺ、くまのプーさんなどの漫画キャラクターが描かれたマスクを着用した。

 

ほかに、デモ参加者の多くが新たなシンボルとして、笑みを浮かべる「ガイ・フォークス(Guy Fawkes)」の仮面を着用した。ガイ・フォークスのマスクは反権威主義の象徴と見なされている。

9月29日の反CCP抗議活動中、自由鳥の折鶴が設置された。
9月29日の反CCP抗議活動中、自由鳥の折鶴が設置された。
デモ抗議者を支援するメッセージが書かれたランタン。
デモ抗議者を支援するメッセージが書かれたランタン。
マスク禁止法に反応して作られた習近平マスク。
マスク禁止法に反応して作られた習近平マスク。
笑みを浮かべる「ガイ・フォークス(Guy Fawkes)」の仮面を着用するデモ抗議者たち。
笑みを浮かべる「ガイ・フォークス(Guy Fawkes)」の仮面を着用するデモ抗議者たち。

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■参考文献

https://en.wikipedia.org/wiki/Art_of_the_2019%E2%80%9320_Hong_Kong_protests、2020年1月7日アクセス

・倉田徹、倉田明子編『香港危機の深層』(東京外国語大学出版会)