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【完全解説】スティーブン・バノン「世界の極右ポピュリストたちのプラットフォーム」

スティーブン・バノン / Steve Bannon

世界の極右ポピュリストたちのプラットフォーム


生年月日 1953年11月27日
国籍 アメリカ
政党 共和党 
職業 メディア配信、政治コンサルタント、投資家
関連人物 ドナルド・トランプ、郭文貴

スティーブン・ケビン・バノン(1953年11月27日生まれ)は、アメリカのメディア幹部、政治戦略家、元投資銀行家、ブライトバート・ニュースの元最高責任者。

 

ドナルド・トランプ米大統領の政権下では、トランプ任期の最初の7ヶ月間、ホワイトハウスの最高戦略責任者を務めた。

 

現在バノンは 「世界的な大衆運動のインフラになる」と宣言し、世界中の多くの国の大衆保守政治運動を支援し、「アメリカ共和国市民」という自身のサイトで、「バノンの戦闘室」などライブストリーミングの言論活動を行っている。

 

バノンの野心は世界的なナショナリズム運動の扇動である。世界中で移民問題が燃え上がり、中国の台頭が一番の問題になっている。だから、バノンはナショナリズムは世界的な運動であり、強固な国民国家を支持するものこそ歴史の勝者側になると考えている。

 

2007年には、「極右のためのプラットフォーム」と表現した極右ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」を共同設立した。

 

2016年8月、バノン氏はトランプ氏の2016年大統領候補の最高経営責任者に指名され、トランプの勝利後、トランプ政権の最高戦略責任者に任命されたが、2017年8月18日に退任する。

 

バノンがホワイトハウスで活動することはないにせよ、以後は草の根・アンダーグラウンドでトランプの活動を援護射撃している。

 

中国の封じ込め作戦


これまでのメディアのバノンに対する見方は、移民やイスラム教に対する過激な思想に焦点を当ててきた。

 

しかし、バノンは今後は本格的に中国の対抗を打ち出すだろう。経済ナショナリズム運動の狙いは中国に対抗することにほかならないとバノンは言う。

 

台頭する中国に技術移転を強いられた結果、アメリカの経済力は絞り取られ、見る影をなくしていくはずだとバノンは信じて疑わない。

 

この恐怖の中国シナリオをバノンは「蛮族の管理」と呼ぶ。中国の外交の歴史は4千年、ここ150年を除けばすべて「蛮族の管理」に中心が置かれてきたとバノンは言う。「蛮族を従属国としてどう従わせるかが一貫して考えられてきたのだ。中国に対するアメリカの貢物はテクノロジーだ。

 

そして、中国をぬかりなく封じ込めるには、環太平洋諸国の民主主義を高める以外に方策はないと考えている。そして、日本がより積極的な役割を果たす上で、日本の再軍備は「自然のなりゆき」という見解を抱いている。

新中国連邦の設立・郭文貴との行動


バノンは2020年6月4日、中国共産党を破壊するために郭文貴と自称中国亡命政府「新中国連邦」を設立した。

 

ホワイトハウスを去ったバノンは2017年10月、中国から亡命した億万長者実業家である郭文貴(通称マイルズ・クオック)と出会う。2人はパートナーシップを育み、ダラスやニューヨークのザ・シェリー・ネザーランドにある郭のアパートやヨットで頻繁に会合を重ねる。

 

2017年、郭はトランプ政権を退陣した直後にバノンに15万ドルを融資をしたと報じられている。2018年8月からは郭関連の企業がバノンと100万ドルのコンサルティング契約を結んだ。

 

 2020年初頭、バノンと郭はGTVメディアグループという会社を設立するために私募で数億ドルを調達する。2020年8月、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、この会社の資金調達がFRIの調査を受けていると報じた。

 

郭はバノンに所有している2機のプライベートジェット機のうち1機を自由に貸し出し、2018年の選挙キャンペーン中に、バノンはニューメキシコ州とアリゾナ州で行われた共和党の下院議員候補者を支援するイベントに郭のボンバルディア・グローバル・エクスプレスで移動した。

 

フライトは2020年2月にProPublicaによって明らかにされた。バノンがフライトを行ったのは、彼の闇金グループである「アメリカ共和国市民」の支援の下にある。

 

ProPublicaの取材に応じた複数の選挙投資の専門家によると、バノンのフライトは、外国人が米国の政治選挙で候補者に献金をすることを禁じている連邦選挙投資法に違反する可能性があるという。

 

バノン側の弁護士は、プライベートジェット機の飛行はバノンの映画『トランプ@戦争』の宣伝目的のために利用したと話している。

 

2020年6月4日、バノンと郭は「新中国連邦」の設立に参加。中国政府を転覆させると宣言した。ニューヨークでは、「Congratulations to Federal State of New China!」と書かれた横断幕を掲げた飛行機が目撃された。

 

なお、CHINA(中国)とCCP(中国共産党)は別物であると広めたのはバノンである。

トランプ大統領誕生への貢献


トランプを大統領にするのにバノンには2つの大きな貢献があった。

 

第一の貢献として、バノンはトランプに自身の世界観を与え続けた。理想整然として、内容も首尾一貫した世界だ。トランプ自身が唱える貿易と他国への脅威も取り込まれており、トランプによって最終的に「アメリカ第一主義」と命名されるナショナリズムである。バノン抱えていた不法移民の脅威は、支持者を奮い立たせるテーマとなった。

 

第ニの貢献としてヒラリー粉砕である。バノンの戦略の基本は、敵を徹底的にとぼしめて評判を悪くすることである。2016年のアメリカ大統領選挙でトランプの選挙運動に参加したバノンは、「われわれの支援戦略は徹底してヒラリーを叩いて、手に負えなくしてやることだ」と語っている。その後、トランプはバノンの戦略通り、ヒラリー批判を中心に選挙運動を展開する。

 

叩き上げの労働者階級の精神の鼓舞と、腐りきった「グローバリスト」エリートへの侮蔑こそがトランプ大統領誕生への貢献だった。

重要ポイント

  • 世界的な極右大衆運動の扇動とそれによる強固な国民国家の樹立を目標としている
  • 中国共産党の抹殺を目的として新中華連邦国を設立する
  • ホワイトハウス外で活動するトランプ政権の裏参謀

バノンの思想と影響関係


バノンの政治的・経済的思想は、一般的にナショナリストや右翼ポピュリストと評されている。バノン自身は「保守派」と自認している。

 

自身が白人至上主義であるという疑惑を否定し、バノンは白人至上主義者に対して「敗者」「フリンジ勢力」「ピエロの集まり」と呼び、白人至上主義者のリチャード・スペインサーを「自己宣伝のフリーク」「グーバー」と表現している。

 

2018年3月の党大会で、バノンはフランスの右派ポピュリストである国民戦線(NF)の党員に、「ポピュリストの激励」と言われていることを伝えた。

 

バノンは党員たちに、「人種差別主義者と呼ばせてやれ、外国人恐怖症と呼ばせてやれ、自然主義者と呼ばせてやれ」とアドバイスし、名誉のバッジのように身につけなさいと伝えた。「毎日、私たちは強くなり、彼らは弱くなっているからだ。... 歴史は我々の味方であり、勝利をもたらすだろう。」とバノンは言った。

 

批評家はバノンの発言が人種差別を正当化していると懸念を表明した。バノンは一般的に、右派に対する人種差別の告発は偏向したメディアの結果であると考えている。

 

ドナルド・トランプは以前、バノンについて「誰よりもリバタリアン」と呼んでいる。

 

バノンはしばしば自身を経済的ナショナリストと表現し、「人を商品化し、人を客観化する」ことを追求するクローン資本主義、オーストリア経済学、アイン・ランドの客観主義的資本主義を批判している。

 

しかし、彼はまた、自由市場資本主義者であると一般的にみなされており、自由市場は私たちの社会の基盤であると述べているが、それよりも「アメリカは経済以上のもの」であると考えていることにも言及している。

 

また、イスラエルを支持しており、自身を「誇り高きキリスト教シオニスト」と称している。

 

バノンは、ニール・ハウとウィリアム・ストラウスの『第四のターニング』に概説されている第四のターニング理論に影響を受けている。また、バノンの愛読書の一つである『アメリカの予言』にも影響を受けている。

 

ホワイトハウスを去った後、バノンは「世界のポピュリスト運動のインフラになる」と宣言した。彼はヨーロッパをまわり、政権を目指す右翼のポピュリスト国家主義政党のネットワークを構築するためにさまざまな極右政党のイベントで講演をし、ネットワークを築きあげている。

 

バノンがこれまで関係を持った世界の極右組織は、フランスの国民戦線(現国民集会)、ハンガリーのフィデズ、イタリアの北部同盟、イタリアのファイブスター運動イタリアの兄同胞ドイツのための選択肢、ポーランドの法と正義スウェーデンの民主党自由のためのオランダの党オーストリア自由党スイス国民党英国独立党ベルギーのフラームス・ベランフベルギー人民党、スペインのヴォックス真のフィンランド人英国保守党、汎欧州同一性主義運動、スルプスカ共和国の独立社会民主党同盟、イスラエルのリクドなどである。

 

バノンは、日本の安倍晋三、インドのナレンドラ・モディ、ロシアのウラジーミル・プーチン、サウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン、中国の習近平、トルコのレセプト・タイイップ・エルドガン、アメリカのドナルド・トランプ、そしてエジプト、フィリピン、ポーランド、韓国のムンジェインらといった政権もナショナリズムへの世界的なシフトの一部であると考えている。

 

ヨーロッパで極右政党のネットワークを構築しようとするバノンの影響は限られたもので、海外ではそれほどうまくいっていない。

 

ナチス・ドイツで政権のためのプロパガンダ映画を制作したドイツの映画監督レニ・リーフェンシュタールは、バノンの映画制作技術に影響を与えたと言われている。

 

2018年1月のガーディアン紙(ロンドン)によると、バノンのイデオロギーはスティーブン・ミラー、タッカー・カールソン、ベニー・ジョンソン、ラヒーム・カッサム、マシュー・ボイルのイデオロギーと実質的に類似しており、後者の2人はブリットバートでバノンの弟子となっていたという。

略歴


幼少期と学歴


スティーブン・ケビン・バノンは、1953年11月27日、バージニア州ノーフォークで、主婦のドリスとAT&Tの電話回線技師とミドルマネージャーとして働いていたマーティン・J・バノン・ジュニアの間に生まれた。

 

バノンは親ケネディと親組合民主党の労働者階級の家庭で育った。バノンはアイルランド系カトリックとドイツ系移民の血を引く。母方の家族の多くはボルチモアに定住した。ボルチモアは19世紀にアメリカに移ってきたドイツ人のホットスポットだった。

 

バノンは伝統主義にどっぷりつかりながら育った。教会や学校、家庭生活は、民主党を信じる労働者階級のアイデンティティに基づいていた。バノンの両親は、別の意味で熱烈に民主党政治を支持していた。ジョン・F・ケネディである。「父親は何かといえばケネディだ。アイルランド系の子どもはみんな自分もジャック・ケネディになりたがっていたよ」と弟のクリス・バノンは言う。

 

ケネディに対する両親の入れ込みは、政治というよりも、むしろ労働者としてのアイデンティティと自己像の形成として一家に染み込んでいた。

 

また、両親は敬虔なカトリック教徒で、日曜日のミサは一家でかならず参列した。1971年にバージニア州リッチモンドの私立カトリック軍人高校に通う。その後、ベネディクト・カレッジ準備学校に入学する。カリキュラムに基づき、学校ではカトリックの文脈に基づく伝統的な西洋文明観が教えられていた

 

「西洋文明は500年前、レコンキスタ(国土回復運動)を通じ、フェルナンドとイサベルがムーア人を打ち破ったスペインで救い出されたと教えられた。イスラム教徒が世界を支配していかもしれないと授業では習った。そして、イスラム教徒を阻んだ偉大なる戦いがそこで行われた。『こうやってカトリックは生きながらえてきた』」という世界観を教え込まれた。

 

生徒は圧倒的に白人の子弟が多く、富裕な家の出のものはほとんどいない。また、学校は白人、黒人、ユダヤ人など、さまざまな人種が暮らす地区に建っていたが、自分たちはみんな「労働者階級の息子なのだ」と考えていた。

 

卒業後、バージニア工科大学に入学し、学生自治会の会長を務めた。この学生自治会委員長選で現代にまでつながる戦闘的でポピュリズムな政治活動を確立させた。対立候補を中傷するビラを印刷し、特権階級や大学管理部とのつながりをほのめかした。自分に対するビラには「ダイナミックなリーダーシップ」という独自の売り文句で「変化を生み出す」と約束していた。

 

1976年にバージニア工科大学建築都市学部を都市計画の学士号を取得して卒業。海軍に勤務するかたわら、1983年にジョージタウン大学外務大学院で国家安全保障研究の修士号を取得。1985年、バノンはハーバード・ビジネス・スクールで経営学修士号を優等で取得した。

海軍士官としての勤務 カーターショック


バノンは1970年代後半から1980年代前半の7年間、アメリカ海軍の将校として活躍し、太平洋艦隊では駆逐艦USSポール・F・フォスターで地表戦担当将校を務め、その後は国防総省の海軍作戦部長特別補佐官としてアメリカ国内で活躍した。

 

バノンのペンタゴンでの仕事は、特に上級士官間のメッセージのやり取りや、世界の海軍艦隊の状況についての報告書作成だった。ペンタゴンにいる間、バノンは夜間にジョージタウン大学に通い、国家安全保障学の修士号を取得。

 

1980年、バノンはイラン人質事件の際、イーグルクロー作戦を支援するためにペルシャ湾に派遣された。

 

この作戦の失敗は、彼の政治的世界観をそれまでのノンポリ的なものから共和党レーガン的なものへと変更させた転換点であり、その思想は9月11日の同時多発テロによってさらに強化されることになった。

 

バノンは、ジミー・カーターがどれほどひどいことをしたかを実際に見るまでは、政治的に興味はなかった。バノンはカーターを非難し、軽蔑を隠そうともしなかった。両親が支持する民主党政治に抱いていた自身のゆるやかなつながりを振り払うには十分なほどカーターの政治はひどかった。

 

カーターのような人間を見ると、こうした連中が物事をとことんやり損なうなのだと考えるようになった。カーターが見せた女々しい弱腰と無能なリーダーシップ。この国の尊厳が損なわれていくことに対し、バノンは自分がその責任をじかに負っていると感じていた。

 

その後、バノンは共和党のロナルド・レーガンに心酔する。レーガン政権のもとで軍事予算が急増していく様子にバノンは胸を熱くした。今でもレーガンファンだという。

 

しかし、共和党の政治観を変えたのは、2008年にアジアで会社を経営していた時に戻ってきて、ブッシュがカーターと同じくらいひどいことをしたのを見たことだった。

 

バノンは海軍を離れた時、中尉(O-3)の階級を所持している。なお、7年に及んだ海軍在籍中、この間バノンはウォールストリート・ジャーナルの熱心な購読者で、素人ながら金と銀の商品取引でかなりの成功をおさめ、同僚の乗組員が投資情報を聞きたがっていた。現実の戦いは、ワシントンではなく、ウォール街にあると感じる始めるようになった。

ビジネスキャリア


1983年、バノンは29歳でハーバード・ビジネススクールに入学する。大半のエリートはハーバード・ビジネススクールの卒業生で、業界トップの金融機関で働いていたためだ。

 

1985年、バノンはゴールドマン・サックスのM&A部門で投資銀行家として働く。1987年にニューヨークからロサンゼルスに移り、ゴールドマンのエンターテインメント産業におけるプレゼンス拡大を支援した。ロサンゼルスのゴールドマンに2年間在籍し、副社長になり退社。

 

1990年、バノンはゴールドマン・サックスの同僚たちとメディア専門のブティック型投資銀行であるBannon & Co.を設立。バノンは当時テッド・ターナーが所有していたターナー放送にキャッスルロックの売却を交渉した。

 

Bannon & Co.は顧問料全額の代わりに、第3 シーズンに入った『となりのサインフェルド』 など5つのテレビ番組へ出資をする。バノンは現在も『となりのサインフェルド』が放送されるたびに残金を受け取っている。

 

ソシエテ・ジェネラルが1998年にBannon & Co.を買収。

地球科学


1993年、Bannon & Co.の経営者でありながら、アリゾナ州オラクルにある地球科学研究プロジェクト「Biosphere 2」のディレクター代理に就任。

 

バノン氏の下、閉鎖系実験プロジェクトは、有人宇宙探査や植民地化の研究から、地球環境、汚染、気候変動の科学的研究へと重点を移した。バノンは1995年にプロジェクトを去った。

エンタテイメントとメディア


1990年代に入ると、バノンはエンターテインメントやメディアの世界に進出し、ハリウッドの映画やメディア業界でエグゼクティブ・プロデューサーとして活躍する。

 

ショーン・ペンのドラマ『インディアン・ランナー』(1991年)からジュリー・テイモアの映画『タイタス』(1999年)まで、18本の映画を製作した。

 

2002年から2003年にかけて、映画やテレビのマネジメント会社であるThe Firm, Inc.で、エンターテインメント業界の重役ジェフ・クワティネッツのパートナーとなった。

 

2004年、バノンは『悪の顔』と題したロナルド・レーガンについてのドキュメンタリー番組を制作。この映画の制作と上映を通して、バノンはレーガン戦争の作家ピーター・シュバイザーや出版社のアンドリュー・ブライトバートと出会う。

 

また、バノンは、『ハートランドからの炎』をはじめとする数多くの映画の資金調達と制作に関わった。『The Awakening of the Conservative Woman』(2010年)、『The Undefeated』(2011年)、『Occupy Unmasked』(2012年)などがある。

 

バノンは2006年にゴールドマン・サックスを説得して、インターネット・ゲーミング・エンターテイメントとして知られる会社に投資する。

 

2007年から2011年まで、バノンはアフィニティ・メディアの会長兼CEOを務めた。

 

2007年、バノンは『大悪魔の破壊:アメリカにおけるイスラム・ファシズムの台頭』という新しいドキュメンタリー作品のために、8ページの概要を書いた。その概要は、「メディアやユダヤ人コミュニティ、政府機関などの機関は、『善意』に駆られているにもかかわらず、イスラム共和国の建設を目指すジハード主義者をなだめていた」と述べている。

 

2011年、バノンはフロリダ州オーランドで開催された自由回復財団で、2008年の経済危機、不良資産救済プログラム、ティーパーティー運動の起源におけるそれらの影響について講演し、自身の映画『ジェネレーション・ゼロ』(2010年)と『不屈の精神』(The Undefeated)についても語った。

 

バノンは、2012年の設立から2016年8月に退任するまで、非課税の501(c)(3)団体である「政府説明責任研究所」の最高責任者であり共同創設者だった。ここで彼は、ブレイバート・ニュースの上級編集長ピーター・シュバイザーの著書『クリントン・キャッシュ』の出版の指揮を執っている。

 

2012年から2015年までの間、この組織からバノンは毎年8万1000ドルから10万ドルを受け取っていた。組織は、彼が組織のために週に平均30時間働いたことを報告している。

 

また、バノンはケンブリッジ・アナリティカの取締役会の副社長を務めた経験もある。この会社は2016年の選挙でアメリカの有権者をターゲットにした違法な戦術を使用したとされるデータ分析会社で、主にマーサー家が所有している。

 

2015年、バノンはMediaiteの「2015年政治ニュースメディアで最も影響力のある25人」のリストで19位にランクイン。

 

また、SiriusXM Patriot衛星ラジオチャンネルでラジオ番組(Breitbart News Daily)の司会を行う。

ブライトバート・ニュース


バノンは右翼のためのニュース、オピニオン、実況解説サイトであるブライトバート・ニュースの創設メンバーの1人として活動をはじめる。

 

『タイム』誌のフィリップ・エリオットとジーク・J・ミラーは、このサイトについて「右翼の血に流れている人種差別的、性差別的、外国人嫌い、反ユダヤ主義的な内容を煽っている」と述べている。

 

バノンによると、当初のブライトバートのイデオロギーは、リバタリアン、シオニスト、保守的なゲイコミュニティ、同性婚反対派、経済国家主義者、ポピュリスト、さらには極右が含まれており、極右の割合は全体の中で非常に少ないという。

 

バノンは、極右には「人種的・反ユダヤ的な傾向」の傾向があるを認め、バノン自身はそのようなものには一切の寛容さを持たないと述べている。

 

2012年3月、創業者アンドリュー・ブライトバートの死後、バノンはブライトバート・ニュースの親会社であるブライトバート・ニュースLLCのエグゼクティブ・チェアに就任

 

彼のリーダーシップの下、ブライトバートはそのアジェンダに対して、より極右的な方向に舵をきった。

 

2016年、バノンは同サイトを「極右のプラットフォーム」と宣言した。ブライトバートでの自分の役割について、バノンは次のように語っている。「私たちは自分たちを猛烈に反体制、特に永久的な政治階級の『反』と考えている」

 

2017年8月18日、ブライトバートはバノンがホワイトハウスでの在職期間を経て、エグゼクティブ・チアマンとして復帰することを発表した。2018年1月9日エグゼクティブ・チアマンを退任。

 

元ブライトバート編集者でバノンの同僚でもあるベン・シャピロ氏は、バノンを「いじめっ子ドナルド・トランプを支援するためにアンドリューのミッションを捨てたいじめっ子」と形容している。

政治活動


ドナルド・トランプ選挙運動


2016年大統領選挙まで残り88日となった2016年8月17日、バノンはドナルド・トランプ大統領選挙運動の最高責任者に任命された。

 

バノンはこの職に力を入れるため、政府説明責任研究所やケンブリッジ・アナリティカと同様にブライトバートを退社した。彼が最高責任者に就任した直後、トランプ陣営の会長であるポール・マナフォートは解任された。

 

ドナルド・トランプの大統領選後の11月13日、バノンは次期大統領のチーフストラテジスト兼シニアカウンセラーに任命された。

 

しかし、人種差別的または反ユダヤ主義的であるとされるブライトバート・ニュースでの発言が原因で、反名誉毀損同盟(ADL)、アメリカ・イスラム関係評議会、南部貧困法センター、民主党上院少数指導者ハリー・リード、および一部の共和党の戦略家から反発を受ける。

 

一方で、ベン・シャピロ、デイビッド・ホロウィッツ、パメラ・ゲラー、共和党ユダヤ人連合のバーナード・マーカス、モートン・クラインとアメリカシオニスト組織、そしてラビ・シュムレイ・ボティーチなど、多くの著名な保守派ユダヤ人がバノンの反ユダヤ主義疑惑を擁護した。

 

アラン・デルシャウィッツは最初、彼が反ユダヤ主義者であるという証拠はないと言いバノンを擁護したが、その後、バノンはイスラム教徒や女性、その他の人々に対して偏見に満ちた発言をしたと述べている。

 

ADLは「バノンから反ユダヤ的な発言があったことはない」と述べている。

 

以前、ブライトバートの編集長を務めていたシャピロは、バノンが人種差別主義者や反ユダヤ主義者であるという証拠はないが、バノンは「保守主義をヨーロッパの極右民族主義ポピュリズムに変えるために、そうした人種差別主義者たちとあえて迎合し、彼らと共通事項を作ることに満足している」と話している。

 

バノンはフランス国民戦線(現ナショナルラリー)の政治家マリオン・マレシャル=ルペンを「新星」と呼んでいた。

 

2016年11月15日、ロードアイランド州のデビッド・シキリン下院議員は、169人の民主党下院議員が署名したトランプ宛の書簡で、次期大統領にバノンの地位を取り消すよう促した。

 

書簡には、バノンを任命することは「ドナルド・トランプがどのような大統領になりたいかについて不穏なメッセージを送る」と書かれており、また、バノンの「白人主義運動とのつながりは十分に記録化されている」からであるという。

 

バノンは白人民族主義者であることを否定し、むしろ彼は「経済民族主義者」であると主張した。

 

11月18日、ブライバート・メディアが2016年の大統領選以来初めて行ったインタビューの中で、バノンは自身についての批判について、「闇は良いものだ。ディック・チェイニー。ダース・ベイダー。サタン。それが力だ。それが役に立つのは、彼らが間違っているときだけだ。彼らが我々が誰であるか、我々が何をしているかを見失っているとき」と述べた。 この引用はメディアに広く掲載された。

 

11月下旬のニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで、トランプはバノンの起用をめぐる論争に反論し、次のように述べている。もし彼が人種差別主義者、あるいは極右だと思っていたら、彼を雇おうとは考えもしなかっただろう」。

 

バノンの選挙での役割は、ヒラリー・クリントンが「腐敗した無能な権威守護者」であることを広めることであり、これはトランプが勝つために必要な州で票を獲得するための鍵となった。

 

ロイター通信は2018年10月31日、上院情報委員会が選挙運動中のバノンの活動について、ロシアと2人の選挙アドバイザーであるジョージ・パパドプーロスとカーター・ペイジらと接触をしていた可能性や、ケンブリッジ・アナリティカとの役割などを含む「広範な」調査を実施していると報じた。

反トランプデモでバノンを批判するプラカード
反トランプデモでバノンを批判するプラカード

トランプ政権


トランプの大統領就任と同時に、新たに創設されたチーフストラテジストにバノンは任命された。彼は大統領の参謀であり、参謀長とほぼ同等の権限を持っていた。大統領執務室のスタッフとして、上院での確認を必要としない職だった。

 

ブライトニュースの編集者ジュリア・ハーンは、バノンの後を追ってホワイトハウスに入り、バノンの補佐官やトランプ大統領の特別補佐官に任命された。

 

2016年の選挙後のハリウッド・レポーターとのインタビューで、バノンは自分の影響力を「チューダー家の宮廷におけるトーマス・クロムウェルの影響力」と例えた。

 

ドナルド・トランプの就任式の数日後、バノンはニューヨーク・タイムズ紙に「メディアは恥をかかされ、恥をかかされ、口をつぐんで、しばらくは耳を傾けるべきだ」と語った。

 

引用してほしいのは「ここのマスコミは野党だということ。彼らはこの国を理解していない。なぜドナルド・トランプがアメリカの大統領なのか、彼らはまだ理解していない」

 

バノンはスティーブン・ミラーとともに行政命令13769の作成に関与し、7カ国からの個人の米国への渡航と移民を制限し、米国難民入学プログラム(USRAP)を120日間停止し、シリア人の米国への入国を無期限停止することにした。

 

英ニュース誌『エコノミスト』によると、バノンとミラーは「プーチンを民族主義者の仲間であり、コスモポリタニズムに反対する十字軍と見ている」という。

 

2017年2月、バノンは『タイム』誌の表紙に登場し、「偉大なるマニピュレーター」というレッテルを貼られた。 関連記事の見出しは「Is Steve Bannon the Second Most Powerful Man in the World?」で、ホワイトハウスでのバノンの影響力について言及している。

 

2019年3月14日の下院監督・政府改革委員会の公聴会で、ウィルバー・ロス商務省長官は、2020年の国勢調査に市民権の質問を追加することに関する会話について質問を受け、バノンが移民強硬派のクリス・コバック氏をジェフ・セッションズ司法長官に紹介していたことが明らかになった。

 

ミズーリ州の民主党のレイシー・クレイ下院議員は、ロスが少数派の投票権を弱める努力に「共謀している」と非難し、さらに、それらの接触に関して偽証罪を犯したと告発した。

 

クレイ氏はロス氏に辞表を提出するよう求め、「あなたは議会に嘘をついた。あなたはアメリカ国民を誤解させ、白人以外の人々の政治力の増大を抑制しようとするトランプ政権の意図に加担している」と述べた。

ボルソナロ大統領選挙キャンペーン


2018年8月、バノンは極右候補のジャイル・ボルソナロの息子であるエドゥアルド・ボルソナロと会談し、同年のブラジル大統領選挙でボルソナロ陣営の非公式顧問を務めた。

 

2019年2月、ヤング・ボルソナロはバノンの組織「ザ・ムーヴメント」に南米代表として参加した。2019年3月、バノンはワシントンD.C.でボルソナロ両氏と会談

エドゥアルド・ボルソナロと
エドゥアルド・ボルソナロと

連邦詐欺罪で逮捕


2020年8月20日、バノンと他の3人に対して連邦大陪審の起訴状が公示され、通信詐欺とマネーロンダリングの共謀罪で彼らは逮捕された。

 

ニューヨーク南部地区連邦検事局の連邦検察官は、バノン、米国空軍の退役軍人ブライアン・コルファージ、および他の2人の被告が、米国とメキシコの間の国境の壁の建設を支援するための「We Build the Wall」の資金調達キャンペーンで集めた資金を、一般の人々に使用するために宣伝された方法と「矛盾する」方法で使用したと主張している。

 

連邦検察官は、バノンと他の3人の男たちが、バノンが運営する非営利団体と、他の被告の1人が管理するペーパーカンパニーを利用して、壁を作るために寄付金が利用されると寄付者に約束したにもかかわらず、私用に利用する共謀をしたと主張している。

 

検察はまた、バノンがこの計画に関連して100万ドル以上を受け取ったと主張している。

 

バノンはコネチカット州沖のロングアイランド海峡で米国郵政検査官に逮捕されたとき、バノンは当郭文貴の豪華ヨットに乗っていた。

 

その日のうちに、Bannonは容疑を認めて無罪を主張した。バノンは裁判中に500万ドルの保釈金で釈放され、そのうちバノンは170万ドルの保証金を要求された。彼はパスポートの引き渡しを要求され、国内旅行が制限された。

個人的生活


バノンは結婚と離婚を3回している。彼には3人の成人の娘がいる。彼の最初の結婚相手はキャスリーン・スザンヌ・フーフだった。バノンとフーフは1988年に娘のモーリーンを出産したが、その後離婚した。

 

バノンの2度目の結婚は、1995年4月に元投資銀行員のメアリー・ルイーズ・ピカールとの間であった。結婚式の3日後に双子の娘が誕生した。ピカードは1997年に結婚の解消を申請した。

 

バノンは1996年1月上旬、ピカードからバノンを家庭内暴力で告発される。サンタモニカ警察の犯罪報告書によると、ピカードの手首と首に赤い傷跡があるのを確認したという。

 

ピカードが法廷に出廷しなかったため、告訴は後に取り下げられた。ニューヨーク・タイムズ紙の記事では、ピカードが欠席したのはバノンと彼の弁護士に脅されたからだと述べている。

 

離婚手続き中、ピカードはバノンが子どもの学校選択について反ユダヤ的な発言をしたと主張した。バノンのスポークスマンはこの告発を否定し、彼は自分の子供たちを両方ともアーチャー・スクールに送ることを選んだと指摘した。


■参考文献

https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Bannon、2020年8月23日アクセス