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【世界のシリアルキラー】ルイス・ガラビト「被害者数300人以上 20世紀最悪の連続殺人犯」

ルイス・ガラビト / Luis Garavito

被害者数300人以上 20世紀最悪の連続殺人鬼


ガラビトの犠牲者を称える壁画
ガラビトの犠牲者を称える壁画

概要


生年月日 1957年1月25日生まれ
国籍 コロンビア
愛称 野獣、トリビリン
確定被害者数 138
推定被害者数 172-300以上
活動期間 1992-1999年

ルイス・アルフレド・ガラビト・クビヨス(1957年1月25日生まれ)は、「野獣」または「トリビリン(ディズニーキャラクター「グーフィー」にちなんで名付けられた)」の愛称で知られているコロンビア人の強姦魔、連続殺人犯。

 

1999年、彼は138人の少年やティーンエイジャーのレイプ、拷問、殺人を認めた。ガラビトが刑務所の中で描いた地図に記載されている遺骨の位置をもとにすれば、彼の犠牲者は300人を超える可能性がある。これは20世紀における連続殺人事件による被害者数でトップである。

 

ガラビトはさらにこの数以上の殺人を告白している。地元メディアでは 「世界最悪の連続殺人鬼」と報じられている。

 

ギネスブックの世界記録には、「アンデスの怪物」として知られるコロンビアの連続殺人鬼ペドロ・アロンソ・ロペスが掲載されているが、確認された被害者の数ではガラビトがトップでロペスを上回っている。

 

司法機関は、ガラビトに対して1853年と9日間の実刑判決を下した。

幼少期


ガラビトの母親は不明だが、ガラビトの母親は長い間娼婦をしていたのではないかとジェノヴァのコミュニティから推測されている。

 

娼婦として働いていた時、ガラビトの母親は、重度のアルコール依存症であったガラビトの父親から残忍な虐待を受けており、ガラビトの兄弟にも虐待を加えていた。

 

この頃、ガラビトの父親は、ガラビトに母親と客との性行為を強制的に見させ、母親の客にガラビトに対して性的いたずらをさせていたという。薬物の影響で、ガラビトの母親はアルコール依存症の父親の虐待と拷問に対して何も抵抗しないでいた。

 

ガラビトは最終的には家出をしてコロンビアの路上で生き延びることになった。

 

8歳のとき、ガラビトは小児性愛者に目を付けられる。男はガラビトに温かい食事と休息の場所を約束する。しぶしぶその申し出を受け入れたガラビトだったが、温かい食事と寝る場所の代わりに、男はガラビトを廃屋に案内し、そこでガラビトは性的暴行を受けた。

 

数日後、ガラビトは保護を求め反乱軍のギャングに加わる。ギャングはしばしばコロンビアの民間人から食料や金、車などを奪い、地元のチョップ屋で換金していた。

 

ガラビトは路上で生きていくのに十分なお金を稼げるようになるとすぐに働き始め、コロンビアでの仕事の需要に合わせてかなりの量の旅行をした。彼は頻繁に移動していたが、ガラビトにはテレサというガールフレンドがいた。

 

彼のガールフレンドには小さな子供がいたが、彼女はガラビトがとても仲良くしていたことを覚えているという。ガラビトは友人たちには、優しいが怒りやすい性格として知られていた。

若き日のガラビト
若き日のガラビト

被害者の種類と殺害パターン


ガラビトの被害者は、年齢、性別、社会的地位によって明確に識別されていた。

 

ガラビトは6歳から16歳までのホームレス、農民、孤児の少年をターゲットにしていた。ガラビトは、混雑した通りでも、田舎でも、少年たちに近づき、お金や飴、仕事などのささやかな贈り物でおびき寄せていた。

 

ガラビトは金のために簡単な仕事を少年たちに提供し、神父、農民、ホームレス、露天商、麻薬の売人、老人、ギャンブラーなど、少年に合法的に仕事を与えてると信用性の高そうな人物に変装することがあった。疑惑が広がらないように、ガラビトは頻繁に変装を変えていた。

 

いったん子どもの信頼を得たあとにガラビトは、子どもたちが疲れ果てるまで一緒に歩くことで抵抗しづらい状態にさせた。まず、彼らの手を拘束し、その後、ガラビトは彼らの服をすべて脱ぎ捨て、拷問、レイプ、そして時には首を切ることもあった。

 

通常、少年は臀部を刺されたり、尖った物を肛門に挿入されたりして 長時間の強姦や拷問に耐えている形跡があった。

 

睾丸はしばしば切断され、口の中に入れられていた。子供たちの遺体はすべて全裸で発見され、すべて噛まれた跡や肛門を貫かれた形跡があった。ほとんどの遺体には、長期にわたる拷問の痕跡が見られた。

さまざまな姿に変装するガラビト
さまざまな姿に変装するガラビト

調査


1992年から、6歳から16歳までの少年たちが、コロンビアの路上から急速に姿を消し始めた。数十年にわたる内戦のため、コロンビアの多くの子供たちは、貧しく、ホームレス、または孤児となっていた。

 

被害者の多くが失踪に関する警察の報告書を提出していなかったため、何年もの間、これらの殺人事件は見過ごされていた。

 

被害者の遺体はコロンビア全土に現れ始めていたが、1997年に大量の墓が発見されるまで当局はあまり注目していなかった。

 

このような大量の行方不明の子どもたちの殺害は、特定の地域に限定されたものではなかったため、広範囲の調査が求められた。1998年2月、コロンビアのジェノバの町の外で、2人の裸の子供の遺体が丘の上で隣り合って横たわっているのが発見された。

 

翌日、わずか数メートル離れた場所で、別の子供の裸体が発見された。三人の遺体はいずれも両手を縛られており、性的虐待の痕跡があった。被害者の首はひどく切られ、背中、性器、足、臀部にアザがあった。

 

凶器は遺体と同じ場所で発見された。犯行現場で発見されたメモには住所が書かれており、その情報からガラビトのガールフレンドが判明した。

 

彼女は連絡を受けたが、数ヶ月間ガラビトに会っていないと警察に話した。しかし、彼女はガラビトが持っていたバッグを警察にわたした。その中には ガラビトの持ち物がたくさん入っていた。その中には、少年の写真、彼の殺人事件の詳細な日記、被害者の集計マーク、紙幣などが含まれていた。

 

この新しい情報をもとにガラビトの家にたどり着いたがガラビトはいなかった。刑事はガラビトが仕事で移動しているか次の被害者を探していると推測した。

 

彼は数日後、思春期の少年に対する強姦未遂の容疑で地元警察に逮捕された。ホームレスの男性が、ガラビトと少年が争っているのを近くで見ていたため、少年を救出する必要があると感じたという。

 

ガラビトは逮捕されたが、当初、警察はコロンビアで最も指名手配されている殺人犯の男を拘束していたことを知らなかったという。

逮捕・自白・判決


ガラビトは1999年4月22日に強姦未遂の容疑で逮捕された。ガラビトは地元で起きた殺人事件と強姦未遂の罪状について尋問を受けた。警察は、もし傍観者が介入しなければ、ガラビトは少年を殺す計画を立てていたのではないかと推測した。

 

短い尋問の後、刑事はガラビトが大量殺人の「野獣」でないかと疑ったが、ガラビトは無実を主張していた。

 

ガラヴトが留守の間に刑事が彼の枕と生活圏から彼のDNAサンプルを採取した。犠牲者に付着していたDNAは、ガラビトの独房から見つかったDNAと一致した。ガラビトは140人の子供を殺害したことを自供し、コロンビア全土で172人を殺害した罪で起訴された。

 

172件のうち138件について有罪判決が下され、他の件については現在進行中である。ガラビトは1853年と9日の懲役を言い渡されたが、これはコロンビア史上最長の刑期だった。

 

しかし、コロンビアの法律では禁固40年とされており、被害者の遺体発見に協力したため、刑期はさらに短縮されて22年となっている。

 

ガラビトは現在、コロンビアのエル・セザール県のバレドゥパルにある最高警備刑務所に週間されている。 即刻殺されることが恐れられているため、他のすべての囚人とは別個に拘束されている。

 

彼は2021年に釈放される予定となっている。しかし、コロンビアの法律では、子供に対する犯罪を犯した者は「正義の恩恵」を受ける資格がなく、少なくとも60年の刑期を刑務所で過ごす必要があるとされている。

 

ガラビトの場合は、国の最高刑期である40年の禁固刑の制限、また「正義の恩恵」とされる被害者の遺体発見のための警察の支援のための22年への短縮が適用されないと考えられている。

収監中のガラビト。2021年に釈放予定。
収監中のガラビト。2021年に釈放予定。

■参考文献

https://en.wikipedia.org/wiki/Luis_Garavito、2020年6月12日アクセス

https://historycollection.co/luis-beast-garavito-worst-serial-killer-history/、2020年6月12アクセス