洗濯船

洗濯船 / Le Bateau-Lavoir

パリに集まった貧乏芸術家たちの巣窟


概要


「洗濯船」とは、パリ18区のモンマルトル地区にあったアパートのニックネームである。正しい住所はラビナン通り13番地。20世紀初頭の美術史においてたびたび現れる有名なアパートで、パリへ上京してきたさまざまな外国人文化人が洗濯船を住居にしたり、また会合の場所として利用した。

 

作家、演劇関係者、画家、画商などが集まった。有名な芸術家ではパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、アメデオ・モディリアーニ、ギヨーム・アポリネールなどが挙げられる。日本の新宿ゴールデン街がアパートのようになったものといえばよい。1970年5月にアパートの大半が火事で全焼したが、1978年に完全に再建された。

 

「洗濯船」という名前は詩人のマックス・ジャコブが名付けた。建物が暗くて汚く、住居というよりもほとんど瓦礫のようなかんじで、嵐の日になると、アパートは揺れ動き、軋み、その外観はセーヌ川沿いで船を掃除している人々を想起させたことから「洗濯船」と呼んだ。建物の構造から19世紀に製造工場の施設として使われていたと思われる。

 

洗濯船に住んでいた芸術家で初めて有名になったのは1890年頃に住んでいたマキシム・モーフラである。その後1900年から1904年の間にキース・ヴァン・ドンゲンやパブロ・ピカソが入居して、芸術家たちの注目を集め、多くの貧しい芸術家が入居するようになった。

 

1904年以後は、洗濯船は非公式のクラブのような場所になり、アンリ・マティス、ジョルジュ・ブラック、アンドレ・ドラン、マリー・ローランサンなど多くの芸術家が立ち寄るようになった。作家ではギヨーム・アポリネール、アルフレド・ジャリ、ジャン・コクトー、画商ではカーンワイラーなどが訪れた。