芸人/パフォーマー

芸人/パフォーマー · 17日 3月 2019
ジョゼフ・ケアリー・メリック(1862年8月5日-1890年4月11日)はイギリスの男性、見世物芸人。世界で最もひどい身体変形による畸形人として知られている。 当初は「エレファント・マン」という芸名でフリークショーで出演していたが、後に外科医のフレデリック・トレヴィスと出会いのちにロンドン病院に移り住む。イギリス社会で一般的に知られるようになるのは病院生活以後であるという。
芸人/パフォーマー · 15日 3月 2019
メアリー・アン・ビーヴァン(1874年12月20日-1933年12月26日)はイギリスの女性。先端巨大症。「世界で最も醜い女性」という呼び込みでサイドショーの巡業に参加していた。 メアリー・アン・ビーヴァンはロンドン、ウェスト・ハム、プレイストーのワーキングクラスの家庭の8人兄弟の1人として生まれた。学校卒業後に看護婦となり、1903年にトーマス・べヴァンと結婚する。 ビーヴァンは生まれつき先端巨大症ではなく、発症したのは結婚後、32歳のころだった。顔面の異常な肥大と変形で苦しみ、視力も衰退。それにともなって顔も醜くなりはじめる。

芸人/パフォーマー · 15日 3月 2019
ヘレン・ベイビー・バニー・スミス(1888-1951年)はアメリカの女優、見世物芸人。「肥満女」という呼び込み名を付けられ、おもに20世紀初頭ころにサイドショー巡業で活躍。 彼女は1888年4月、オレゴン州ポートランドで生まれた。子どものころは標準的な体格だったが、中等教育に通っているときに太りはじめた。学校を卒業すると13歳でサイドショーに入団し、パフォーマーとなる。その後、彼女の体重は500ポンド(226kg)まで増加した。 同じ見世物芸人で「生きた骸骨」という呼び込み名で活躍していたピーター・ロビンソンと出会い結婚し、2人の子どもをもうける。1951年に甲状腺機能低下症と診断され、しばらくして心臓麻痺で亡くなった。
芸人/パフォーマー · 14日 3月 2019
グレース・マクダニエルズ(1888年3月17日-1958年3月14日)はアメリカの見世物芸人。スタージー・ウェーバー症候群による重度の顔面変形で「ラバ面女」の芸名で知られている。彼女はハリー・ルイストンの巡業サーカスに入団し、週に175ドルを稼いでいた。

芸人/パフォーマー · 28日 2月 2019
眼力太郎は天保12年(1841年)の夏から、両国広小路で活動していた見世物芸人。天保元年に活動していた目出小僧の花山成勧よりもさらに風変わりの目の持ち主で、押し出した目玉の上にさまざまな物品を糸で吊り下げてみせたという。
芸人/パフォーマー · 28日 2月 2019
天保6年(1835年)7月から、本所中之郷八軒町の石屋週次宅に猩猩二人を泊めて、見世物にしようと芸を教えていると噂がたった。 猩猩は白子、海外ではアルビノ症といわれるもので、生まれつき色素が少ない奇病である。『和漢三才図会』にも、全体が白く、頭髪だけは痰赤色と書かれており、たいして珍しい畸形ではなく、江戸時代でもさまざまな場所で見られた。そのような猩猩でも、特に人気があったのが、兄弟の猩猩である。

芸人/パフォーマー · 28日 2月 2019
熊童子は嘉永時に活動していた多毛症の見世物芸人。嘉永三年(1850年)7月5日に、品川から江戸へ行進するという宣伝をしたので、通行の道筋にはさながら祭礼のような見物客で群がりができた。 熊童子一行の先頭は、丹後国からつきそってきた男10人、その次に母親に手をひかれて熊童子が歩いた。熊童子は5歳の少女で、身体は着衣のため見えないものの手足をはじめ、顔は眉の上からあごの下へかけて、漆黒の毛が渦巻いてふさふさとしていたという。その後ろを興行師3人が、熊童子と書いた大団扇であおぎながら行進した。
芸人/パフォーマー · 27日 2月 2019
目出小僧は文政十二年11月から名古屋大須門外の興行をはじめた見世物芸人。目玉を自由に出し入れする芸で話題を集めた。 目出小僧は芸名・花山成勧と名乗り、少年の扮装をしていたが、実際は20歳以上だったとおもわれる。扇の要で目尻を押すと、目玉がヒョイと飛び出す奇怪きわまる演芸だった。

芸人/パフォーマー · 27日 2月 2019
孫金太郎は嘉永時代にいた全身が蛇のような鱗の奇病を患っていた少年。 金太郎は奥州二本松の薬屋甚兵衛の養女さきの私生児として産まれた。甚兵衛の養女さきは、同国石沢村の酒造家亀三郎方に奉公していたが、同村の百姓平次兵衛と夜中に密会して妊娠したので、養家である甚平衛のもとに帰されることになった。 そこで、養父甚平衛は、平次兵衛のもとへ向かい、さきの妊娠の責任をかけあったが、当時平次兵衛は、隣国の親族方に滞在していたことが判明したのでアリバイがとれ、さきと私通した証拠がとれなかった。
芸人/パフォーマー · 26日 2月 2019
有光伸男(1917〜2005)は「人間ポンプ」芸で知られる見世物芸人。人間ポンプを行う芸人は複数いるが、元祖とされるのが有光である。 「人間ポンプ」とは碁盤を飲み込み色分けして吐き出したり、金魚を飲み込み釣り針で釣って出すなど、飲み込んだものをそのまま、あるいはいささか加工して吐き出す芸のこと。 公演の最後に、バケツ二杯(四、五升ともいう)の水を飲み、台にのぼって水を吹き出し、燃えさかる火を消した芸が「人間ポンプ」の由来となった。

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