見世物

【見世物】ジョセフィーン・ジョセフ「右半分が男性で左半分が女性のフリークス」
見世物 · 20日 12月 2020
ジョゼフィーン・ワースはアメリカの女優。ステージネームは"ジョセフィーン・ジョセフ"。雌雄同体で身体の中央から右半分が男性で左半分が女性になっており、アメリカのサーカスのサイドショーやカーニバルで活躍していた。ただし、これが事実かどうか確認されていない。彼女は非常に熟練した詐欺師だったかもしれない。 彼女はサーカスのサイドショーやカーニバル・サーキットに出演していた。1932年のトッド・ブラウニングの映画『フリークス』にも出演している。
見世物 · 06日 11月 2019
「見世物小屋」は、都市の盛り場や寺社の境内において、日常では見られないパフォーマンスや天然奇物、工芸などの「見世物」を期間限定で展示する小屋である。海外では「フリークショー」「サイドショー」と呼ばれている。都市の盛り場に建てられた博物館や常設館とは異なる。 日本において見世物小屋は、江戸時代から明治時代にかけて特に流行し、その後、大正、昭和を経て平成の現代まで、さまざまなかたちを変えて現在も行われている。

見世物 · 20日 7月 2019
フリークショーとは“自然の畸形(freaks of nature)”と呼ばれる生物学的希少性を呼び物にしたショーのこと。日本語では見世物小屋に相当するものである。ショーで呼びものとなるのは、観客に衝撃を与える標準的な身体を持っている人々。巨人、小人、両性具有者、奇病の患者、全身に入れ墨を入れた者、また全身にピアスを入れた人、そして火を食べたり吹いたり、口に剣を突き刺す奇怪なパフォーマンスを行う人々たちのショーである。
【フリークス解説】ジョゼフ・メリック「エレファント・マンと呼ばれた人」
見世物 · 17日 3月 2019
ジョゼフ・ケアリー・メリック(1862年8月5日-1890年4月11日)はイギリスの男性、見世物芸人。世界で最もひどい身体変形による畸形人として知られている。 当初は「エレファント・マン」という芸名でフリークショーで出演していたが、後に外科医のフレデリック・トレヴィスと出会いのちにロンドン病院に移り住む。イギリス社会で一般的に知られるようになるのは病院生活以後であるという。

【フリークス解説】メアリー・アン・ビーヴァン「先端巨大症の醜い女性」
見世物 · 15日 3月 2019
メアリー・アン・ビーヴァン(1874年12月20日-1933年12月26日)はイギリスの女性。先端巨大症。「世界で最も醜い女性」という呼び込みでサイドショーの巡業に参加していた。 メアリー・アン・ビーヴァンはロンドン、ウェスト・ハム、プレイストーのワーキングクラスの家庭の8人兄弟の1人として生まれた。学校卒業後に看護婦となり、1903年にトーマス・べヴァンと結婚する。 ビーヴァンは生まれつき先端巨大症ではなく、発症したのは結婚後、32歳のころだった。顔面の異常な肥大と変形で苦しみ、視力も衰退。それにともなって顔も醜くなりはじめる。
【フリークス解説】ベイビー・バニー・スミス「20世紀初頭に活躍した肥満女」
見世物 · 15日 3月 2019
ヘレン・ベイビー・バニー・スミス(1888-1951年)はアメリカの女優、見世物芸人。「肥満女」という呼び込み名を付けられ、おもに20世紀初頭ころにサイドショー巡業で活躍。 彼女は1888年4月、オレゴン州ポートランドで生まれた。子どものころは標準的な体格だったが、中等教育に通っているときに太りはじめた。学校を卒業すると13歳でサイドショーに入団し、パフォーマーとなる。その後、彼女の体重は500ポンド(226kg)まで増加した。 同じ見世物芸人で「生きた骸骨」という呼び込み名で活躍していたピーター・ロビンソンと出会い結婚し、2人の子どもをもうける。1951年に甲状腺機能低下症と診断され、しばらくして心臓麻痺で亡くなった。

【フリークス解説】グレース・マクダニエルズ「多くの男を虜にしたラバ面女」
見世物 · 14日 3月 2019
グレース・マクダニエルズ(1888年3月17日-1958年3月14日)はアメリカの見世物芸人。スタージー・ウェーバー症候群による重度の顔面変形で「ラバ面女」の芸名で知られている。彼女はハリー・ルイストンの巡業サーカスに入団し、週に175ドルを稼いでいた。
【見世物】眼力太郎「さまざまな物品を目に吊り下げる目出男」
見世物 · 28日 2月 2019
眼力太郎は天保12年(1841年)の夏から、両国広小路で活動していた見世物芸人。天保元年に活動していた目出小僧の花山成勧よりもさらに風変わりの目の持ち主で、押し出した目玉の上にさまざまな物品を糸で吊り下げてみせたという。

【見世物】猩猩兄弟「頭は柿色で全身が真っ白のアルビノ兄弟」
見世物 · 28日 2月 2019
天保6年(1835年)7月から、本所中之郷八軒町の石屋週次宅に猩猩二人を泊めて、見世物にしようと芸を教えていると噂がたった。 猩猩は白子、海外ではアルビノ症といわれるもので、生まれつき色素が少ない奇病である。『和漢三才図会』にも、全体が白く、頭髪だけは痰赤色と書かれており、たいして珍しい畸形ではなく、江戸時代でもさまざまな場所で見られた。そのような猩猩でも、特に人気があったのが、兄弟の猩猩である。
【見世物】熊童子「熊の乳で育てられた多毛症の少女」
見世物 · 28日 2月 2019
熊童子は嘉永時に活動していた多毛症の見世物芸人。嘉永三年(1850年)7月5日に、品川から江戸へ行進するという宣伝をしたので、通行の道筋にはさながら祭礼のような見物客で群がりができた。 熊童子一行の先頭は、丹後国からつきそってきた男10人、その次に母親に手をひかれて熊童子が歩いた。熊童子は5歳の少女で、身体は着衣のため見えないものの手足をはじめ、顔は眉の上からあごの下へかけて、漆黒の毛が渦巻いてふさふさとしていたという。その後ろを興行師3人が、熊童子と書いた大団扇であおぎながら行進した。

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